第9代横綱 秀の山 雷五郎 ( ひでのやま らいごろう ) タイム-ライン
基本情報
最高位 | 大関 |
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本名 | 菊田 辰五郎 → 橋本 辰五郎 |
生年月日 | 文化5年 |
出身地 | 宮城県 |
身長 体重 | 164.0センチ 150.0キロ |
所属部屋 | 秀ノ山 |
改名歴 |
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初土俵 | 文政11年三月 |
引退場所 | 嘉永3年三月 |
入門後は雑用ばかりで稽古どころか土俵にも上がらせてもらえなかったが、入門前に得た怪力と努力、さらに激しい闘志によって実力を付け、「北山 辰五郎」の四股名で1828年に初土俵を踏む。雲州藩の抱え力士となってからは「天津風 雲右衛門」と改名し、のちに横綱へ昇進する不知火諾右衛門と同時に新入幕を果たした。入幕後も持ち前の怪力と闘志は健在で、盛岡の南部藩の抱え力士に転向後は1841年1月場所で大関に昇進、「岩見潟 丈右衛門」と改名後に1844年10月場所からは「秀ノ山 辰五郎」を襲名した。1847年9月場所で、入門から19年目で吉田司家から悲願の横綱免許を授与された。
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